澤研究室 構造物性物理学講座 構造物性工学研究グループ
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クラスター磁性体LiMoO2に生き残る原子軌道 (2020年7月 Phys. Rev. B Rapid Communications に掲載)
 低温で金属原子が寄り集まって量体化「分子」を自発形成する現象に興味を持ち、研究を進めている。近年では層状Li0.33VS2やCrSe2における直線型三量体転移の発見[1,2]や、層状LiVO2における「幻の三量体」の同定[3]などの成果を挙げてきた。今回はルチル型LiMoO2の量体化分子において見出した特異な性質に関する成果を紹介したい。

LiVO2に代表されるように、量体化「分子」が形成されると系は一般に非磁性絶縁体化する。量体化に伴って分子軌道が形成され、価電子が結合性軌道に入ってスピン一重項を形成するためである。このようにして形成された分子軌道上に、孤立スピンを置くことができれば、量体化分子はスピンを持った巨大原子のように振舞うことができる。こうした「クラスター磁性体」の基底状態として、低温でRVB状態が議論されるものもあり[4,5]、注目を集めている。今回紹介する研究成果は、ルチル型LiMoO2がクラスター磁性体であることを発見し、かつ、分子軌道を形成しながらもMo原子の原子軌道の性質の一部が生き残っていることを明らかにした、というものである。

ルチル型化合物は、酸素が六配位した遷移金属八面体が辺共有して一次元鎖を形成し、一次元鎖どうしが頂点共有で繋がってできた構造をしている。一次元鎖の間にできたトンネル状の空孔にはLiイオンを挿入することができる。一般式はMO2(M: 遷移金属)で表され、VO2に代表されるように量体化分子が現れやすい特徴がある。MoO2では一次元鎖内に先天的にMo-Mo二量体を周期形成している。Moは4d2の電子状態を持ち、d電子の1個は結合性σ軌道を介したMo-Mo二量体の形成に使われる。もう1個のd電子は結合性π軌道に格納され、π軌道は周囲の酸素と強く混成する結果、高い遍歴性を実現している。今回、トンネル状の空孔にLiイオンを化学的に挿入して4d3電子状態を持つLiMoO2を合成し、放射光X線回折, EXAFS, 磁化測定, NMR, 第一原理計算を用いた構造・物性研究をおこなった。明らかになった結果は以下のとおりである。

1. LiMoO2では、母体のMoO2と比べてモリブデンの4d軌道と酸素の2p軌道間の混成が弱まる。結果として、MoO2のような遍歴性はLiMoO2では現れず、モット絶縁体となる。
2. Moの4d3電子のうち、2個のd電子はMo-Mo二量体の形成に用いられる。つまり、LiMoO2ではσ結合とπ結合を利用した二重結合による二量体が形成されている。
3. 二量体の形成により分子軌道を形成しているにもかかわらず、dyz原子軌道だけはロブストに生き残り、Moの4d3電子のうちの1個はdyz軌道に局在する。低温に下げるとdyz軌道に局在したスピン間でスピンダイマーを形成して非磁性化する。

量体化の形成により分子軌道を形成しているにもかかわらず、原子軌道の一部がロブストに生き残り、電子物性に大きな影響を与えるという点で、従来のクラスター磁性体とは一線を画している。量体化分子の内部で現れる低次元磁性を研究するための理想的なプラットフォームを提供する。


クラスター磁性体LiMoO2においてロブストに生き残ったdyz軌道とエネルギー図

<掲載論文> "Robust atomic orbital in the cluster magnet LiMoO2" N. Katayama, H. Takeda, T. Yamaguchi, Y. Yamada, K. Iida, M. Takigawa, Y. Ohta, and H. Sawa Phys. Rev. B 102 (2020) 081106(R).

<References>
[1] N. Katayama et al., Phys. Rev. B 98, (2018) 081104(R)
[2] S. Kobayashi et al., Inorg. Chem. 58 (2019) 14304.
[3] K. Kojima et al., Phys. Rev. B 100 (2019) 235120.
[4] J.P. Sheckelton et al., Nat. Mater. 11, 493 (2012).
[5] M. Mourigal et al., Phys. Rev. Lett. 112, 027202 (2014).

 
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