澤研究室 構造物性物理学講座 構造物性工学研究グループ
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層状LiVS2で現れる無秩序ジグザグ鎖のスローダイナミクス (2021年2月 npj Quantum Materials に掲載)
 軌道自由度をもつ遷移金属化合物の中には、低温に下げると量体化「分子」を形成する物質が数多く存在する。我々はこれまでに、3個の原子が2個の価電子で結合された「3中心2電子結合」を持つ量体化分子系[1,2]や、量体化分子を形成しながらも原子軌道の特徴がロブストに生き残ったクラスター磁性体[3]など、特異な性質を持つ量体化系に注目して、放射光X線を駆使した構造物性研究を行ってきた。今回我々が着目したのは、低温でバナジウム三量体化が生じるLiVS2[4,5]である。ただし、今回の研究の舞台は三量体が現れる低温相ではない。量体化が消失したはずの高温相である。

 量体化は電子多自由度と格子が絡み合い秩序化することで生じる現象であり、通常は低温で安定に現れる。相転移温度以上では量体化分子は消失し、レギュラーな格子が復活すると考えられていた。しかし、近年のPDF(二体相関分布関数解析)法を用いた局所構造解析により、これらの物質の高温相において局所的に低対称化した構造が現れることが明らかになりつつある。例えば、ハニカム格子系のLi2RuO3では低温相で現れるRu-Ruの二量体が高温相では短距離秩序として現れることが報告されており、こうした短距離秩序が液体的なダイナミクスを示す可能性が議論されている[6]。我々のグループでは昨年度、長年の謎であったLiVO2とLiVS2の三量体構造の解明に成功しており[4]、これらの系のさらなる構造研究から、高温相で現れる短距離秩序とそのダイナミクスを明らかにしたいというのが研究のモチベーションである。本研究についてはプレスリリースを行っており、詳しい内容についてはそちらを参照されたい。以下では成果と、現在の課題について端的に述べる。

1. 高温相の平均構造は正三角格子だが、有限の相関長を持つジグザグ鎖が現れている。
2. ジグザグ鎖の相関長は相転移直上で最大となり、サブマイクロメートルに達する。
3. ジグザグ鎖の空間分布と配向が秒のオーダーで揺らぐ様子が電子線回折で観測される。

 構造解析のメインプレイヤーは小島くん(現在M2)と田村くん(2018年度修士卒)の二人であり、複数の放射光施設で実施した計12回の回折実験の成果を複合的に用いた。ダイナミクスは名古屋大学未来材料・システム研究所の齋藤研究室による走査透過型電子顕微鏡実験から明らかになっている。また、いつものように千葉大の太田研究室により理論側面からの素晴らしいサポートを頂いている。 転移温度直上でジグザグ鎖の相関長が異常に増大してX線回折ピークとして観測されたり、電子線回折実験でジグザグ鎖のダイナミクスが観測されたりと、驚くべき成果が次々と現れる楽しい研究だった。次年度より博士後期課程に進学する小島くんがmmオーダーの単結晶試料育成に成功しており(物理学会2020年秋季大会で発表)、これを活用して現在はダイナミクスを定量的に観測する方法を検討中である。

 LiVS2のジグザグ鎖短距離秩序には、@ 低温相の量体化パターンとは異なる、A 相関長がサブマイクロメートルオーダー以上と異常に長い、等、高温で短距離秩序が生じる既存の量体化系とは異なるユニークな特徴がたくさん存在する。また、量体化相近傍で現れる自発的な格子対称性の低下は、鉄系超伝導などで議論される量子液晶状態を彷彿とさせ、今日的で深い背景物理を期待させる。LiVS2からは面白いものがまだまだ見つかりそうです。単結晶を利用した共同研究は大歓迎です。本物質に興味をもって頂ける方がおられれば、ご一報頂けると幸いです。


(左) 電子線照射下で観測される、面内に出現しているジグザグ鎖の秒単位のダイナミクス と (右) 異なる方向を向いたジグザグ鎖の模式図。青, 赤, 緑の色は左右で対応している。

<掲載論文> "Slow dynamics of disordered zigzag chain molecules in layered LiVS2 under electron irradiation" N. Katayama, K. Kojima, T. Yamaguchi, S. Hattori, S. Tamura, K. Ohara, S. Kobayashi, K. Sugimoto, Y. Ohta, K. Saitoh, H. Sawa, npj Quantum Materials 6 (2021) 16.

<References>
[1] N. Katayama et al., Phys. Rev. B 98, (2018) 081104(R).
[2] S. Kobayashi et al., Inorg. Chem. 58 (2019) 14304.
[3] N. Katayama et al. Phys. Rev. B 102 (2020) 081106(R).
[4] K. Kojima et al., Phys. Rev. B 100 (2019) 235120.
[5] N. Katayama et al., Phys. Rev. Lett. 103 (2009) 146405.
[6] S.A.J. Kimber et al., Phys. Rev. B 89, (2014) 081408(R).

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